WaveLab Pro/Elements 9 徹底活用ガイド
著・監修:藤本 健
第08章 マスタリングの基礎知識
音楽制作の工程の中で重要と言われているマスタリング。でも、マスタリングとはいったい何であり、どんなことをするのかはなかなか見えにくい面があります。そこで、ここではマスタリングがどんなものであるかを紹介しつつ、それを行うためのツールである MasterRig を用いて基本的なマスタリング術を紹介していきましょう。
08-01 マスタリングってどういう意味か知りたい
なかなか意味を捉えにくいマスタリングという業務。一般的には CD などを制作する上での最終工程と位置付けられており、マスター=原盤を作成する作業を意味しています。ただ、音楽制作においては最終的な音作りという意味合いも大きくなっているので、この辺について整理してみましょう。
1. 広義のマスタリングとは
マスタリングとは「マスター=原盤を作る」ということを表しています。CD、音楽配信用データ、レコード、さらには DVD や Blu-ray Disc、ビデオテープなども含めて最終的なマスターを作ることをマスタリングというのです。もともとレコードの時代はカッティングという作業をしてマスターを作る必要があり、熟練した技術が必要と言われていました。しかし CD の時代に入ってからは、そこでの作業内容は大きく変わりました。まずは規格に合致したデータにするとともに、JAN コードや ISRC などを埋め込んだり、曲間を設定したり…といった作業をおこなっていきます。これが広義のマスタリングであり、音楽だけでなく、ビデオでもゲームでも、各種メディアの原盤を作るうえで必要なことを表しています。
2. 狭義のマスタリングとは
一方で、音楽制作でマスタリングという場合、通常は最終的な音を作り上げる工程のことを意味しています。ミックスダウンして出来上がった音をトリートメントするとともに、音圧を調整して、より聴き心地のいい音に仕上げたり、よりグッと来るサウンドに仕上げていくことを表します。このマスタリングを専門に行う人をマスタリングエンジニアと呼んでいますが、技術そのものよりも、いかに耳がよく、細かな音の調整ができるかが求められる世界でもあります。このマスタリングではイコライザー、コンプレッサーー、リミッター、マキシマイザーー、イメージエンハンサーといったエフェクトがよく用いられます。
3. すべてがこなせる WaveLab
広義でのマスタリング、狭義でのマスタリング共にこなすことができる、数少ないソフトが Steinberg の WaveLab です。WaveLab では、まさに業務用のマスター=原盤を制作するための機能が一通り揃っており、アルバムを制作し、各種コードも設定した上でプレス工場へ渡すためのデータを出力することが可能です。一方で、最終的な音を作り込んでいくための強力なツールとして MasterRig というものが入っています。この機能により、マスタリングに必要な音のトリートメント、音圧の調整がすべてできるようになっているのです。
【コラム】リマスタリングって何だ?
よく話題になるキーワードとしてリマスタリング、リマスターというものがあります。CD 作品などでもリマスター版と呼ばれるものがありますが、リマスタリングとは名前の通り、再度マスタリングを行うことを意味し、そうしてできた作品がリマスター版なのです。このリマスタリングにおいては、昔のアナログテープを元に、ノイズなどを除去して、キレイな形でマスタリングしなおすというケースもあれば、一度 CD 用にマスタリングされたものを元に再度マスタリングするケースもあります。もちろん、WaveLab を使って再度マスタリングすれば、それが自分オリジナルのリマスター版となるわけです。
08-02 オーディオモンタージュでマスタリングを行う
WaveLab でマスタリングを行う場合は、オーディオモンタージュを使って作業していきます。まずはオーディオモンタージュを用いて、マスタリングを行うための準備をしましょう。
手順1: オーディオモンタージュを新規作成する
ファイルメニューから「新規」を選ぶか、ファイルタブをクリックすると、新規作成の画面が表示されます。この一番左で「新規」を選んだ上で、その右の「オーディオモンタージュ」を選び、「カスタム」を選択します。
手順2: カスタムからステレオ(CD互換)を選択する
プロパティを見ると、モード、チャンネル、サンプリングレートの3項目がありますが、まずは「ステレオ(CD互換)」を選択します。
* 仮に CD ではなく、オーディオ配信用のハイレゾデータを作るといった場合でも、ステレオデータであれば「ステレオ(CD互換)」を選択します。
手順3: サンプリングレートを選択する
マスタリングするデータのサンプリングレートを設定します。
* 最終的に CD 用としてマスタリングする場合でも、44.1 kHz に設定するのではなく、元のデータのサンプリングレートを設定します。
手順4: オーディオモンタージュを作成する
モードおよびサンプリングレートを確認の上、「作成」ボタンをクリックします。するとオーディオモンタージュが空の状態で作成されます。
手順5: オーディオファイルを挿入する
オーディオモンタージュ画面上で右クリックしてポップアップメニューを開き、「オーディオファイルを挿入」>「参照」>「ファイル選択ダイアログを開く」を選びます。ここで目的のファイルを選んでください。するとオーディオモンタージュに波形が表示されます。
* 事前にオーディオエディターで編集を行っていた場合は、これから直接オーディオモンタージュに読み込む方法もあります。
08-03 WaveLab Pro 9 に搭載されたマスタリングエフェクト、MasterRig を使いたい
WaveLab Pro 9 には強力なマスタリングエフェクトである、MasterRig が標準で搭載されています。ここでは、この MasterRig を使うための手順を見ていくことにしましょう。
手順1: マスターセクションに MasterRig が組み込まれていることを確認する
WaveLab Pro 9 では、マスターセクションにデフォルトで MasterRig が組み込まれています。画面右に表示されているマスターセクションのエフェクト欄に MasterRig という表記があることを確認します。
手順2: 組み込まれていない場合は、ここにセットする
もし見当たらない場合は、エフェクト欄をクリックして表示されるプルダウンメニューから [Steinberg] > [Mastering] > [MasterRig] を選んで組み込みます。
手順3: MasterRig という文字をクリックしてプラグインを表示させる
マスターセクションのエフェクト欄にある MasterRig という文字をクリックしてください。するとプラグインである MasterRig の画面が表示されます。デフォルトでは Equalizer A の画面が表示されるようになっています。
08-04 MasterRig を簡単に試してみたい
WaveLab Pro 9 に標準搭載されている MasterRig はマスタリングでの音作りのほぼすべてができるツールです。そのために使いこなすには、それなりの知識や経験も必要となってきますが、とりあえずどんなものなのかを試すために、ここではプリセットを利用して音を確認してみましょう。
手順1: プリセットの一覧を表示させる
MasterRig の画面の一番上の空欄部分をクリックしてください。するとプルダウンメニューが現れるので、ファクトリープリセットを選択すると、プリセットの一覧が表示されます。
* マスターセクションのエフェクト欄からもプリセットを読み込むことができます。
手順2: プリセットを選択する
ファクトリープリセットは Acoustic Country、Classic Hip Hop、Electronic Pop、Metal… といろいろありますが、マスタリングしたいと思っている曲に近いジャンルのものを一つ選んでみてください。
手順3: MasterRig の画面が変化する
プリセットを選ぶと、その設定が MasterRig に読み込まれ、MasterRig の画面が変わりデータが読み込まれたことが確認できます。
手順4: 再生して音の違いを確認する
WaveLab の再生ボタンをクリックして音を再生してみてください。MasterRig を通した音に変わっているはずです。別のプリセットを読み込めば、別の音に変わります。
* MasterRig の左上にあるバイパスボタンをオンにすると MasterRig を通さない音をモニターできます。このバイパスボタンをオン / オフさせることで、音の違いが確認しやすくなります。
08-05 MasterRig に搭載されている6種類のモジュール
MasterRig にはイコライザーやコンプレッサー、リミッタなど6種類 / 計10個のモジュールが含まれており、これを組み合わせて使う形になっています。ここでは、その6種類がどんなものなのか、ごく簡単に紹介してみましょう。
モジュールを選択する
MasterRig の上部のモジュールチェーンにある「Add Module」というボタンをクリックするとモジュールの追加ボタンが現れます。全部で6種類 / 計10個あるので、ここから1つ選択します。
* 読み込まれているモジュールのなかで不要なモジュールを削除する場合は、上部に並んでいるモジュールの右肩にある「×」をクリックします。
1. Limiter(リミッター)
Limiter モジュールは、出力レベルを設定した値以下に抑えて、後の工程でクリッピングが起きないようにすることを目的としています。この中にはマキシマイザー機能も搭載されているため、音圧を上げる目的で活用できます。
2. Compressor(コンプレッサー)
Compressor モジュールは音圧を制御するためのものです。Compressor A と Compressor B と同じモジュールが2つ利用できるようになっていますが、いずれも4つの周波数帯域に信号を分割することができます。それぞれの周波数帯域で、レベル、周波数帯域幅、およびコンプレッサー特性を指定できます。
3. Equalizer(イコライザー)
Equalizer モジュールは、8つの帯域で調整することが可能な8バンドパラメトリックステレオイコライザーです。各帯域ごとに、周波数 / Q / ゲインの調整が可能になっており、その特性をシェルビングフィルター、ピークフィルター (バンドパス)、またはカットフィルターなどに設定することが可能です。この Equalizer も A と B の2つを利用することが可能となっています。
4. Dyn.EQ(ダイナミックイコライザー)
Dynamic EQ は、周波数を調節し、オーディオ素材のダイナミクスに応じて EQ =イコライザーを適用するタイミングと方法を設定できるモジュールです。4バンドを装備し、それぞれ独立して設定することが可能。また Dynamic EQ A と B の2つを利用することが可能となっています。
5. Saturator(サチュレーター)
Saturator モジュールは、アナログ真空管のサウンドをシミュレートしたり、アナログテープマシンで録音する際のサチュレーションおよびコンプレッションエフェクトをシミュレートすることができるものです。この Saturator も A と B の2つを利用することが可能となっています。
6. Imager(イメージャー)
Imager モジュールは帯域ごとにステレオ感を広げたり狭めたりすることができるモジュールです。最大で4帯域まで分けることが可能で、各帯域ごとに PAN、出力レベルを調整することも可能となっています。
08-06 自分でモジュールを並べていきたい
プリセットには、各モジュールを組み合わせ、パラメーターを設定したものが用意されていましたが、自分オリジナルのマスタリングをするために、自分でモジュールを組み合わせて設定することが可能です。ここでは、そのモジュールの組み合わせ方法を見ていきます。
手順1: すべてのモジュールを削除する
MasterRig を自分だけのオリジナルマスタリングツールにするためには、一度、モジュールチェーンに読み込まれているすべてのモジュールを削除して、まっさらな状態にするところから始めるのがいいでしょう。そのためには、ここに並ぶ各モジュールの右肩にある「×」印をクリックして、消していきます。
手順2: Add Module でモジュールを1つ組み込む
では、ここに使いたいモジュールを読み込みます。そのためには「Add Module」をクリックしてモジュールの一覧を表示させた上で、目的のモジュールをクリックします。これでそのモジュールが読み込まれます。
手順3: Add Module でモジュールを追加する
さらに2つ目、3つ目のモジュールも Add Module をクリックすることで追加していくことができます。
手順4: モジュールチェーン内で順番を入れ替える
モジュールチェーンに並ぶモジュールをクリックして青く点灯させると、そのモジュールが表示され、各パラメーターをエディットすることが可能になります。このモジュールチェーンに並ぶ順番を入れ替えたい場合はドラッグ&ドロップで移動させることが可能です。
08-07 音質調整をしたい
マスタリングでの音作りの一番の基本ともいえるのが EQ =イコライザーです。ここでは Equalizer を用いて、どのように音質の調整をすればいいのか、その基本的な操作方法を紹介してみましょう。
手順1: 8つあるポイントをドラッグして特性を設定する
まず、WaveLab を再生させると画面には FFT 解析された波形が表示されます。この状態でバンド1〜8まであるポイントの1つをマウスでドラッグして動かしてみてください。これにより特定の周波数が強調されたり、弱められたりし、音質が変化します。さらに別のポイントを動かして設定することもできます。たとえば低域を抑えて、高域を持ち上げるといったことができます。
* 動かしたポイントに対応する番号の項目にある Freq と Gain が同時に動きます。反対に Freq と Gain を動かすことでもポイントを動かすことができます。
手順2: Q を使って帯域の幅を調整する
設定をいじったポイントのところにある Q のパラメーターを動かしてみてください。Q はそのポイントの帯域の幅を表すもので、大きくしていくと指定する帯域が狭まり、小さくすると広がります。
手順3: EQ タイプを切り替える
デフォルトでは8ポイントあるすべてが Peak というタイプになっていますが、ほかにも Low Shelf、High Shelf、Notch の4種類があります。このタイプを切り替えることで、EQ の特性が大きく変わっていきます。Low Shelf は設定した値よりも低い周波数全体に効くもの、反対に High Shelf は高い周波数全体に効くものです。また Notch は Peak よりもさらにピンポイントに絞った狭い帯域が指定されます。なおバンド1とバンド8だけは、これら4つのタイプ以外に、Cut12、Cut24、Cut48 という3種類を選ぶことができます。これは設定した周波数より下(バンド 1)または上(バンド 8)の周波数を減衰することができます。
手順4: チャンネル設定を切り替える
Equalizer では通常、各バンドともステレオで信号処理されるようになっていますが、ST と表示されているところの左右の矢印をクリックすると、L/R および M/S を指定することができます。L/R とした場合、左右それぞれ独立して EQ 設定することができます。一方、M/S を選んだ場合は Mid と Side を別々に設定できます。
* M/S については第12章で詳しく紹介します。
08-08 音圧を調整したい
MasterRig には音圧を調整するモジュールとして Limiter、Compressor、Dyn.EQ の3つがありますが、もっとも基本的な機能を備えているのが Compressor です。これは4バンドを装備したマルチバンドコンプレッサーと呼ばれるものですが、ここではその基本的な操作を確認するため、1バンドのコンプレッサーとして使ってみます。
手順1: バンド数を設定する
Compressor は万能に使える4バンドのマルチバンドコンプレッサーです。帯域ごとにコンプレッサーのかかり具合を調整することができるのですが、初心者が4バンドを使いこなすのは難しいため、ここでは1バンドでの操作を行ってみます。そのためには、まず左上にある Graphical の下の「−」ボタンをクリックしてバンド数を減らしていきます。1つになるまで減らしてみましょう。
* 「+」をクリックすることで増やしていくことができますが、最大は4つまでです。
手順2: Thresh と Ratio でコンプレッサーのかかり具合を調整する
音量が何 dB を超えたらコンプレッション(抑圧)をかけるのかを指定する Tresh =スレッショルド、その抑圧のための比率をどの程度にするのかを指定する Ratio =レシオのパラメーターを動かしてコンプレッサーの基本的な設定を行います。
* グラフにある2つのポイントをドラッグすることでも設定できます。
* 水色がレベルメーターで、黄色がどのくらいコンプレッサーがかかっているかの効き具合を見ることができます。
手順3: 必要に応じて Att と Rel を調整する
Att =アタックタイムでコンプレッサーが反応する速さを決定します。Att が長いと、信号の最初の部分で、処理されずに通過する信号の量が多くなります。一方 Rel =リリースタイムではゲインが元のレベルに戻るまでにかかる時間を設定します。A ボタン=「Auto Release」をオンにすると、プラグインによってオーディオ素材に適したリリース設定が検出されます。
手順4: Output で最終的な出力を調整する
コンプレッサーをかけることで指定したレベル以下の音量に整えられます。そこで最後に Output で持ち上げることで、音圧を大きく上げることが可能になります。
手順5: チャンネル設定を切り替える
Compressor では通常、各バンドともステレオで信号処理されるようになっていますが、ST と表示されているところの左右の矢印をクリックすると、L/R および M/S を指定することができます。L/R とした場合、左右それぞれ独立してコンプレッサーの設定することができます。いっぽう、M/S を選んだ場合は Mid と Side を別々に設定できます。
* M/S については第12章で詳しく紹介します。
【コラム】Compressorはまったく異なる特性のコンプレッサーやマキシマイザーにも変身できる
Compressor には Standardという通常のコンプレッサーのほかに、まったく異なる動きをする別のコンプレッサーも存在しています。これは画面上部のプルダウンメニューを開いて切り替えます。具体的には真空管コンプレッサーの Tube、ビンテージコンプレッサーの Vintage 、そしてマキシマイザーの Maximizer のそれぞれ。どれを選ぶかによってパラメーターも大きく変わるし、実際のサウンドも変わってくるので、いろいろと試してみてください。
08-09 シーン機能を使って音を比較してみたい
マスタリングは微妙な音の調整となるため、実際に音を聴き比べてみないとどちらがいいかの判断はなかなか難しいものです。MasterRig にはシーン機能というものがあり、複数のセッティングを記憶し、切り替えて試すことができるので、このシーン機能の使い方を紹介しましょう。
手順1: シーンを選択する
シーンの切り替えは画面左側の Scenes で行います。MasterRig では通常、シーン1が選択されていると思いますので、そうなっていることを確認してください。
* 必要あればシーンに名前を付けることも可能です。
手順2: MasterRig のセッティングを行う
シーン1が選ばれている状態で、MasterRig のセッティングを行っていきます。プリセットを読み込んでもいいし、自分でモジュールを組み合わせて設定していっても構いません。もちろん読み込んだプリセットを自分で変更する形でもOKです。
* プリセットにはシーン情報も含まれているため、プリセットを読み込むと設定したシーンは消えてしまいます。
手順3: 別のシーンを選択する
ここで別のシーンを選んでみます。すると画面はまったく別のものに切り替わるはずです。empty となっているシーンを選んだ場合は Equalizer A の未設定画面が現れるはずです。
* 手順2でのセッティングはシーン1に記録されているので、シーン1を選択すれば元に戻せます。
手順4: MasterRig のセッティングを行う
また新たに MasterRig でのセッティングを行っていきます。もし、手順2で作ったセッティングを元に少し修正したいという場合は、一度シーン1に戻った上で Copy ボタンを押したのち、コピー先を指定すると、同じセッティングのシーンができるので、ここで修正していきます。
手順5: シーンを切り替えながら聴き比べる
最大4つまでのシーンを記録することができるので、再生しながらこれを切り替えることで聴き比べができます。
* 単に一つのパラメーターを動かした結果を聴き比べるだけであれば、シーンを使わずとも、画面右上にあるアンドゥ、リドゥボタンで聴き比べることも可能です。