松竹映画の音響制作に欠かせないツールとなったWaveLab
神奈川県鎌倉市大船にある松竹サウンドスタジオは、日本を代表する大規模な映画のダビングステージ *1。このスタジオでは、松竹が制作する映画はもちろんのこと、同社が配給する多くの映画のファイナルダビングが行われています。2010年1月に公開された山田洋次監督の最新作『おとうと』も、もちろんこのスタジオで仕上げられており、山田監督はこの空間が紡ぎ出すサウンドを非常に高く評価。現代の日本映画のクオリティを、音響面で支えているスタジオと言っても決して大袈裟ではないでしょう。
そして同スタジオで、大きな役割を担っているのが Steinberg 製品です。スタジオの核となる DAW としては、複数台の Nuendo が導入され、大型コンソールの“ミキシングエンジン”として稼働。また、Nuendo のホストコンピューターには WaveLab もインストールされ、多機能な波形編集ツールとして活躍しています。そこで今回は WaveLab にスポットをあて、同スタジオの音響技師、清水和法(しみず かずのり)氏に、その導入の経緯から使いこなしまでじっくりと話を伺いました。
*1:映画の音響の最終的なミックスダウンが行われるスタジオのこと
WaveLab との出会い
昔は僕も2chの波形編集ソフトウェアを使用していたんですが、DAW を使い始めてからは徐々に使わなくなって、ここ何年かはまったく使用していませんでした。ディストラクティブな波形編集も DAW で十分行えるようになりましたから、そういった類のソフトウェアをあえて使用する必要がなかったんです。
しかし今から3年ほど前、このスタジオで Nuendo を導入することになった際、テスト用にデモ機のコンピューターをお借りしたんですが、その中に WaveLab が入っていたんです。当時、WaveLab に関しては Steinberg の波形編集ソフトウェアという程度の知識しかなかったんですけど、最近のこういうソフトウェアはどんな感じなんだろう…と、興味半分で立ち上げてみたんですよ。そして適当なファイルを読み込んで、いろいろと試しているうちに、偶然 "スペクトラムエディタ" という凄い機能を発見してしまったんです。スペクトラムエディタは、オーディオデータの周波数を縦軸、時間を横軸、そしてゲインを色で表す "ソノグラム表示" をベースとした波形編集ツールで、グラフィックソフトウェアのような感じで任意の箇所を選択することにより、その部分のゲインを自由に上げ下げすることができるんですよ。それでこれは凄いと感動して、Nuendo と同時に何本か導入しました。今では松竹サウンドスタジオでの作業に欠かせないツールとなっています。
オーディオデータの周波数を縦軸、時間を横軸、ゲインを色で表す "ソノグラム表示" をベースとした波形編集ツール
魔法のようなツール "スペクトラムエディタ"
"スペクトラムエディタ" の何が凄いのかと言うと、これを使用することによって、オーディオデータの内容を視覚的に捉えることができるんですよ。例えば、歌舞伎や演劇などを収録した素材で、ところどころ観客の咳払いが入っているファイルがあるとしますよね。スペクトラムエディタでそのファイルを見れば、観客の咳払いの部分が明らかに色が変わっているので、時間と周波数を目で確認することができるんですよ。そしてその咳払いを取り除きたかったら、その部分を選択ツールで囲んで、あとはバックスペースキーを押せばいい。もちろん、その時間軸の音が完全に削除されるのではなく、周囲の音を保持したまま、咳払いだけを自然に除去することができるんです。さらには同じ周波数帯域で問題のない部分をコピー&ペーストすることで、より自然にノイズを除去することもできる。初めて試したときは、こんなことが可能なのかと本当に驚きましたよ。まさに魔法のようなツールですね。
もちろん、スペクトラムエディタでは様々なパラメーターを設定することができます。中でも重要になってくるのが、バックスペースキーの操作によるゲインのリダクション量とフィルタータイプで、僕はできるだけ詳細に編集を行いたかったので、1回バックスペースキーを押すごとに2dBゲインが下がるように設定しています。これを-48dBに設定すれば、1回のバックスペースキーの操作でザクッとゲインが下がりますし、またプラス方向に設定することも可能で、選択した部分を逆に持ち上げることもできる。かすかに聞こえる鳥の鳴き声を強調したりとか、そんな使い方もできるということですね。フィルタータイプは、バンドパス、ハイパス、ローパスが選択できるんですが、僕の場合はハイパス固定で使っています。
僕がスペクトラムエディタを使うのは、同録や舞台を収録した素材で、突発的なノイズが気になるときです。先ほども言ったとおり、観客の咳払いや鳥の鳴き声、マイクに何かが当たったノイズとか。そういうノイズは、スペクトラムエディタを使えば、大抵は上手く除去することができますね。逆にエアコンのノイズなど、ある周波数帯域でずっと鳴っているようなブロードバンドノイズを除去する場合は、スペクトラムエディタではなく、WaveLab 標準の "DeNoiser" をはじめとする標準的なレストレーションプラグインを使った方がいい。ですから、レストレーションのワークフローとしては、まずはスペクトラムエディタで突発的なノイズを除去して、それから DeNoiser などでブロードバンドノイズを除去するという感じですね。この順序が逆だと、DeNoiser で突発的なノイズを除去しようとして、パラメーターを深く設定してしまうことになりますから。そうすると原音の質感が変わってしまうので、結果は良くならないですね。
4種類のインプットデバイスを使用して WaveLab を操作
僕は現在、WaveLab をマウスとキーボードだけでなく、ワコム社の Smart Scroll (生産完了)というトラックボールと同じワコム社の Bamboo というペンタブレットを接続して、計4種類のインプットデバイスを駆使して操作しています。Smart Scroll は左手用なので左に置いて、真ん中に Bamboo、右にマウス、そして Bamboo の奥にキーボードを置いて。まさに WaveLab 用のコントロールサーフェスという感じですね…本当は Steinberg が専用のサーフェスを出してくれればいいんですけど(笑)。
なぜこんなにインプットデバイスを使用しているのかと言うと、その方が WaveLab を快適に操作できるからです。最初はもちろん、マウスとキーボードだけで操作していたんですが、集中して編集を行うと肩が凝ってくるんですよね。しかし、Smart Scroll と Bamboo のボタンによく使うショートカットを割り当てて、Bamboo によってペンで範囲を選択できるようにしたら、その肩凝りが大幅に軽減されました(笑)。
清水氏によるスペクトラムエディタの実演ムービー (Flash)
リリースが待ち遠しい WaveLab 7
僕は WaveLab でスペクトラムエディタという機能を知ったんですが、実は他のソフトウェアやプラグインにも、似たような機能を備えているものがあるんですよ。そういったものも一通り試してみたんですが、僕の中では WaveLab のスペクトラムエディタが一番良かったですね。操作性が良くて、何より処理後の音が自然というか。本当によく出来たソフトウェアだと思います。先日の Muzikmesse 2010 で発表された新しいバージョンでは、Sonnox 社のレストレーションプラグインが3種バンドルされるようになったみたいで、そちらもとても期待しているんですよ。WaveLab だけで、スペクトラムエディタと Sonnox 社のレストレーションプラグインが使えるというのは凄いことだと思います。いよいよ Mac にも対応したようですし、リリースが待ち遠しいですね。
公開予定の松竹映画
『きな子~見習い警察犬の物語~』:2010年8月14日(土)全国ロードショー
この夏、一匹の見習い警察犬が、愛と感動を届けます。
実話から生まれた、心あたたまる絆の物語。
『BECK』:2010年9月4日(土)全国ロードショー
本当に平凡な人生だった・・・あの男に出会うまでは。
ハロルド作石の人気コミックを、「20世紀少年」の堤幸彦監督が映画化。
* これらの作品でも、ノイズ除去の編集に WaveLab 6、ファイナルミックスのミキシングエンジンに 96kHz 仕様の Nuendo 4 が使用されました。